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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)139号 判決 1968年7月09日

当事者 上告人 岩崎三郎

右訴訟代理人弁護士 桑原純熙

被上告人 河村義成

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人桑原純熙の上告理由第一点、第一及び第三について。

差押債権者が強制競売の申立を有効に取り下げた場合には、もはや、民訴法六五六条二項に基づき右競売手続を取り消すべきではなく、また、右取下の場合、同法六四五条二項の準用により、右強制競売手続に記録添付されている任意競売の申立は、記録添付のときから、開始決定を受けた効力を生じ、既存の競売手続をそのまま転用して、競売手続を進行することができるものと解すべきである。

右と同旨の原判決(引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。

また、所論違憲の主張は、原判決に所論の違法の存することを前提とする主張であって、原判決に所論違法の存しないことは右に説示するとおりであるから、採用できない。

以上、論旨は、すべて、独自の見解に立って、正当な原判決を非難するに帰し、採用できない。

同第一点、第二について。

論旨は、原審において主張せず、したがって原審の判断しない事実に基づき原判決を非難するものであって、採用できない。

同第一点、第四について。

本件記録を検討しても、原判決に所論の違法は存しない。

論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するに帰し採用できない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 下村三郎 飯村義美)

上告代理人桑原純熙の上告理由

第一点原判決は法令適用の違法がある。

原審まで確定された事実は

1 被上告人が昭和四一年四月四日本件の目的建物につき強制競売の申立てをなし同月六日熊本地方裁判所八代支部昭和四一年(ヌ)第八号を以て競売開始決定が其の登記がなされ同時に差押の効力が発生した事実。

2 かくして競売事件が進行中昭和四一年四月 日熊本地方裁判所八代支部第一六号を以て執行吏(今の執行官)福田清吉に目的物件の賃貸借の取調べ命令がなされた事実。

3 右執行官は昭和四一年四月二五日取調結果を報告した事実(但し一部には取調べが行われていない別紙参照)。

4 かくして昭和四一年(ヌ)第八号事件は進行中昭和四一年四月七日訴外株式会社肥後相互銀行から上告人に対し不動産競売法による競売申立が提出された事実。

5 昭和四一年(ヌ)第八号事件につき昭和四一年六月七日熊本地方裁判所八代支部から無剰余通知がなされ翌七日被上告人に送達され同月九日競売申立が取下げられた事実。

6 昭和四一年(ケ)第一七号が進行し始め昭和四一年六月九日競売申立通知が成された事実は何れも争いがない。

本件に於いて右無剰余通知後被上告人は民事訴訟法第六五六条第二項の手続をなさず経過したるにも不拘原執行裁判所昭和四一年(ヌ)第八号事件の取消しを成さず右昭和四一年(ケ)第一七号の任意競売事件を進行し以て昭和四一年六月三〇日任意競売の実行が成された事実。

これに対して上告人は

第一、依而要するに原判決は民事訴訟法第六五六条の当為を誤っている。加ふるに今在朝在野を問はず法曹界の座右に高度の権力をもって自他共に承認致す、判例体系民事法編民事訴訟法第五巻強制執行九〇六ノ三三九頁以下所載を見ても本件にそのまま当てはまる判例は存在していない。

寧ろ昭和三十一年(ラ)第七五号同三十二年二月十六日御庁民集第一〇巻一号三五頁以下は民訴六五六条の強行性を高く止揚してる。

昭和三七年(ラ)第二三五号三八年二月十六日

福岡高裁決下級民集一四巻二号二一七頁

其他民事訴訟法第六五六条は競売法による競売に適用がないことも昭和五年(ク)第三三九号大審院民事二部決定大審民集九巻八三四以下

特に昭和三五年(ワ)第三八三号同三九年一月三十日松山地方裁判所下民基第一五巻三号一一頁以下

に於て本条違反には強く反射効が措定されている。

斯の如く民事訴訟法第六五六条は強行規定で徒らに同法規範を脱することは許されない。

而して原執行裁判所は六五六条第一項の無剰余通知を発しながら同条第二項の手続を履践しなかった。

被上告人に対し申立の却下もなさず又其の競売登記の抹消の嘱託をなさず其のまゝ(ケ)第一七号事件として進行し競売を続行しもって上告人の所有権を不法に侵害したのである。

原審は上告人の右主張に対し「右は独自の理論であって採るを得ない」として訴外し去ったは法律の適用違反であって原審判決は破毀さるべきものである。

由来同法は訓辞規程であるか乃至は強行規程であるかにつきるのである。同条文の解釈に当り以前大正五年当時迄は訓辞規程であると云う学会並に決議等に於て認められていた(明治四二年六月二二日民事部判決新聞四三六号一七〇ページ)。

しかるに之に対し大正六年一月二十日横浜地方裁判所大正五年(ワ)第一六号同六年一月十六日決定

評論六巻民法一六四頁にはっきり同条は強行規程なりと断定されそれ以後強行規程なりとして裁判界学会に於いて承認されている筈である。

尚事案の詳細が記載されていないから判然り判らないが民訴法第六五六条第二項の強行的規定の解釈が判例時報五〇〇号の三十一頁以下大阪高裁昭和四十一年(テ)第三一〇号昭和四十二年八月三日第二民事部に於いて強行性が高く評価されている事を特に申添える。

第二<省略>

第三、原判決は憲法違反がある。由来我が国の法のたてまえは所有権に基く個人所有権が確立されている、依って所有者の意志に反し目的物の処分をせんとする場合には法律による公益優先か又は民事訴訟法並に競売法所定の手続きによらなければならない。本件はこの中に競売法によって所有権が処分されておる。昭和四一年(ヌ)第八号によって強制競売の登記がなされている事は勿論間違いはない。この方法が個人所有権の適法なる処分を措定すべき契機である。依って本件についてみるに右に述べたる強制競売の開始決定が登記されている事も間違いはない。併しそれは民訴六五六条の法意によって執行裁判所は当然抹消登記をなすべきものである。しかるに抹消登記をなさず(ケ)第一七号事件流用し(ケ)第一七号の登記がなされていない。

二重登記が許されないとするのは大体法のきばんである、だからと云ってそのきばんを本件に適用し得ないものである。すべからく原執行裁判所は(ヌ)第八号の競売を取消し(ヌ)第八号の開始決定を抹消すべきものである。しかる後(ケ)第一七号が適法なものであれば(ケ)第一七号の登記をなさなければならないし且つ民事訴訟法第六四四条による不動の差押がなされねばならぬ、然し強制執行開始決定並に差押の登記は実に私有財産に対する国家権力の関与でありそれがなされた時初めて強制執行は可能でなければならぬ。

本件について見るに

熊本地方法務局八代支局は本物件につき七番としてもって強制執行開始決定の登記。昭和四一年七月十九日受付第九七三八号をも八番に於て競落の登記がなされ昭和四一年七月十九日第九七三八号九番登記によって七番登記が抹消されてこの事は法規範に反することはなはだしいものである。この登記からすれば将来に向う特に第三者並に債務者は七番登記によってより八番登記で競落され九番で抹消され第三者を登記の対効力との開始決定が(ケ)第一七号によって処分されたが全く不明になってしまう、かくの如き経過をたどる原判決を尚有効なりとする原審判決は法の解釈を誤り憲法の措定する個人所有権の侵害もはなはだしいものである。《編注・原文通り》

第四<省略>

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